<後編>


「…愛ちゃん」
「なんですか?」
「寝れない」
「…だめですか…」
「だって愛ちゃんの胸ドキドキ言い過ぎ」
「…すいません」
「だから交代」
「へ?」

戸惑う愛ちゃんをあたしの腕の中に閉じ込めた。
これでいいや。よく眠れそう。

「…吉澤さん?」
「ん?」
「吉澤さんの胸、ドキドキ言ってます」
「へ?」

二人して顔を見合わせて笑う。

「かわいいなあ、愛ちゃんは」
「吉澤さんこそ」

至極ノーマルなはずのあたしの中に独占欲が生まれる。
勢いでおでこにチュッとする。
おもしろいくらいに早く耳まで真っ赤に染まる愛ちゃん。
遠慮がちにあたしの背中に回した手にぎゅっと力が入る。
間違いなくあたしの中に恋愛感情が生まれた。
愛ちゃんはあたしのことどう思ってるんだろう。
そう思ったら全然眠れなくて、朝まで愛ちゃんの寝顔を見ていた。



「おはようございます」

翌朝目を覚ました愛ちゃんがじーっとあたしの顔を見ている。

「何?」
「あんまり眠れませんでした?」
「…うん…わかる?」
「むくんでる」
「まじ?」
「ちょっと待ってて?」

そう言うと愛ちゃんは氷水で冷やしたタオルと、
熱いお湯で温めたタオルを持って来て順番にあたしの顔をマッサージしてくれた。
愛ちゃんの優しい手の感触が伝わって来て、こころまで解れてくる気がした。

「はい、なおりましたよ」
「ありがと」

鏡を見ると完璧にむくみは取れていた。



この日は写真撮影でロケバスに乗って名所旧跡を連れ回される。
なんか…やばい…。
寝てないせいで酔ったかも。 微妙な道路の凸凹がまともに胃に来る。
なるべく窓の外の遠くを見て、気を紛らわすしかない。
まだ何回も下車して撮影があるのが救いかも。


「吉澤さん」
「…ん?」
「しんどいの?」
「うん…」


年下からの撮影で、あたしたちは待ち。
愛ちゃんが気付いてそばに来てくれた。

「大丈夫?」

無意識で胃を抑えてたらしい。
愛ちゃんがそのうえから手を宛った。
なんか愛ちゃんの手の温もりがすごい気持ちよかった。

次の移動、心配した愛ちゃんはあたしのとなりに座った。
最後のロケは山の上の展望台で、移動中のあたしの気分は最悪…。
生唾が出てくるのを必死で飲み込んでた。
吐きそうなのを必死で我慢して、
早く着いてってそればっかり考えて。
でも酔ってるときに考えるのは逆効果なんだよね。
暑くもないのに脂汗が出て来た。
「…吐くかもしんない」
あたしがそう言ったら愛ちゃんは鞄の中からコンビニ袋を出して来て、
「これ使ってください」って。
それからずっとあたしの背中撫でててくれた。
吐かずに目的地に着いたんだけど、気分がすぐれないあたしを庇うように、
愛ちゃんはずっとそばにいてくれた。
あたしが言わなきゃいけないことも愛ちゃんが言ってくれた。
口開いたらやばい状態だったからありがたかった。

あたしの順番がくる。
あたしは持っていたミネラルウオーターを愛ちゃんに渡して撮影に挑む。
撮影中もそばで見ててくれた。
合間合間に水を受け取って飲んで。

「仲いいね、二人」

カメラマンさんに言われた。

「二人で撮ってみようか」

カメラマンさんの思いつきで急に2ショットを撮ることになった。
スタッフも悪ノリして、大人チームの二人だからって、
エロい雰囲気バリバリの絡みまくりのショットばっかり…。
他のメンバーとだったら何ともないポーズも、
愛ちゃんとだとテレまくってしまう。
そのうちメンバーも集まって来て冷やかし始めた。
すごいテレくさかったけど、めちゃ嬉しくて顔を見合わせて笑った。

「愛ちゃん」

ヒソヒソ声で呼んだ。

「なあに?」
「好き」
「私も」

この時かわした笑顔が、数週間後グラビアを飾るころには、
あたしと愛ちゃんの仲はメンバー公然のものになっていた。



二人きりの時の呼び方が
「吉澤さん」から「ひーちゃん」にかわったのは、まだ秘密だけどね


おわり
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